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【Topic3】産休・育休取得と任期の延長

 

 

「妊活のタイミング、どうしてる?」の記事で触れたように、任期付き職(ポスドク・特任教員など)在職中に妊娠・出産を経験する場合、残りの任期が気になるところですよね。

 

今回は、任期付き特任教員として在籍中に、妊娠・出産・育休の取得を経験した女性研究者のエピソードをご紹介したいと思います。

 

産休・育休取得の場合でも任期の延長は無し!?

 

私は、学位取得後に3年間、某研究機関で任期付き研究員(ポスドク)として勤務しました。任期の最終年度に、次のポストを探すために複数の公募に応募し、幸いにも、日本学術振興会特別研究員(PD)と、某国立大学の特任助教(任期付き)の2つの採用内定を頂くことができました。当時私は、4ヶ月前に結婚したばかりでしたが、夫とはお互いの仕事の関係で、結婚前から関東と九州で離れて暮らしていました。夫婦同居、そしていつかは子どもを持つことを希望する夫が転職を考えていたこともあり、どちらの採用内定をお受けするかを考える際には、給与はもちろん、出産・育児関係の福利厚生などの条件の良い方にしようと考えました。この段階で確認した、2つのポストの条件は以下の通りでした。

 

  日本学術振興会特別研究員(PD

採用期間  3

奨励金   362,000/

研究費   直接経費(最大)150万円/年度+間接経費の交付あり。

健康保険  国民健康保険

雇用保険  加入なし。

      つまり、育児休業給付金の受給資格なし

産休・育休 取得できない。ただし、出産・育児に伴う採用中断は可能で、

実質的な採用期間を減らすことなく復帰が可能

ただし、採用中断期間中に奨励金は支給されない

 

  国立大学の特任助教

任期    3年(+審査を経て2年の延長可=最大5年)

給与    大学規定による年俸制(原則570万円程度)

研究費   なし(自身で科研費に応募して獲得する必要あり)。

健康保険  国家公務員共済

雇用保険  加入あり。

つまり、育児休業給付金の受給資格あり

産休・育休 取得できる。育休は採用2年目(任期の延長が認められ5年任期となった場合には

24年目)に取得可能。ただし、産休・育休取得に伴う任期の延長はなし

 

こうして比べてみるとどちらも一長一短で、夫と電話で何度も相談しながら2ヶ月ほど悩みました。悩みすぎて昏迷を極めていた頃、海外の共同研究者(女性)とメールで連絡を取る機会があり、半ば愚痴のように状況を説明したところ、返ってきた一言にはっとさせられました。

 

「あなた自身は、1人の研究者として、どちらの研究機関に行きたいの?」

 

夫と一緒に住みたい、子供が欲しい希望を叶えてあげたい、転職活動中やうまく行かなかったときに経済的にも支えてあげたい…など、家族としての今後ばかり気にして堂々巡りをしていた思考が、この一言で雲がスッと晴れたようにクリアになりました。

 

研究環境、そして次のキャリアへ繋げることを考えると、②の方へ行きたい。

では、家庭生活を鑑みたときに、問題となるのは何か?

それはもしかしたら、受入側と交渉の余地があるのではないか?

このようにして自分の考えを整理し、②のポストの受入担当教員に相談しました。

 

雇用条件の変更を交渉

 

このときに意識したのは、自分の希望を明確に伝えることです。私の場合は、以下のように伝えました。

 

・研究者としての今後のキャリアを考えて、是非②のポストの内定を受けたいこと。

・プライベートの希望として、在任中に妊娠・出産を希望していること。

・②のポストの雇用条件中の以下の2点がネックとなり、内定受諾を迷っていること。

問題点1:最初の任期が3年であるため、採用2年目にしか育休が取得できない。

問題点2:産休・育休取得に伴う任期の延長がない。

 

少し複雑になりますが、②のポストでは、本務先として部局Aに所属しつつ、実際の研究活動は兼任先である受入部局Bで行う、という形のものでした。応募時に受入部局Bと受入担当教員を選ぶのですが、私は、学位を取得した部局(研究室)とPhD指導教員を選びました(これは、私の出身研究室が、日本国内でも唯一と言って良いような、非常にユニークな研究環境であったためです)。

 

 

 

受入教員が学生時代からよく知るPhD指導教員ということもあり、次の行き先について相談すること自体の心理的ハードルは低かったと思います。それでも、昨今の若手研究者の雇用をめぐる厳しい情勢の中で、「雇ってもらえるだけありがたいのに、さらに雇用条件の希望を出すなんて…」という後ろめたい気持ちがありました。

 

相談の結果、私が内定受諾するうえでネックとなっている上記2つの問題点について、なんとか解決できないか、受入教員から、本務先となる部局Aの部局長に相談をしてみてくださることになりました。

 

まさかの問題解決!しかし、もし相談していなければ…?

 

数週間後、部局Aから得られた回答は、以下のようなものでした。

 

·           問題点1について:
募集要項には3年(+審査を経て2年の延長可=最大5年)とあったが、その後、大学内で制度の改訂があり、次年度採用者から一括で5年任期となる予定である。したがって、今回内定を受ければ、採用時には当初の募集条件(3年任期)より育休取得可能期間が大幅に長くなる。

·           問題点2について:
実はこの問題は部局Aの部局長でも把握していなかったが、部局長としては非常に問題であると考える。大学の雇用規約ではなく、部局Aの内規を改訂することで対応できそうなので、次年度採用者から産休・育休取得に伴う任期の延長を認める方針とし、即座に内規改訂のための事務との調整に入る。

 

個人的には、問題点1は国の法律、問題点2も大学全体の雇用規約の改訂が必要になる問題と捉えていたので、これらの回答を得られたときは、まさに奇跡が起きたような心境でした。(「妊活のタイミング、どうしてる?」の記事で触れたように、問題点1については、根本的な解決のためにはやはり法律レベルでの改正が必要ですが…。)

 

特に驚いたのが、公募を出した部局A側の部局長ですら、産休・育休取得分の任期延長が認められないという雇用条件を把握していなかったことです。これにはいくつか要因があると思いますが、一番は、誰も言わなかったから知られていなかったというところが大きいのではないかと思います。採用後、私より前に②のポストに採用され、任期中に出産を経験された女性研究者にお話を伺ったところ、産休・育休に関して事務担当者に問い合わせた際に任期の延長ができないことは知らされたものの、「そういうものなのか…」と思い諦めてしまったり、どうにか任期の延長ができないか事務と交渉を試みたものの、部局長までは交渉に行かなかった、とのことでした。

 

多くの大学ではいまだ、トップダウンでの意思決定がなされています。私の場合は、最初に相談した受入教員(PhD指導教員)がこのような大学の体制をよくご存じで、最初から部局A側の部局長に直接交渉をしてくれたこと、そして、部局A側の部局長が若手(女性)研究者のキャリアと出産・育児に関わる問題に非常に理解のある方だったことで、幸運にも非常にスムーズに話が進み、ネックとなっていた問題点が2つとも解決するという最高の結果を得ることができました。このようにして、無事に希望する②のポストの内定を受けることができました。

 

しかし、もしあのまま1人で悩み続けて、受入教員に相談していなければ、どうなっていたのでしょうか…?先にも書きましたが、「雇ってもらえるだけありがたい」という風潮の中、「もっといい条件で雇ってください!」というのは、非常に勇気がいることです。ですが、前出の海外の共同研究者いわく、特に欧米では割と当たり前のことだそうですし、何より、「言わなかったら可能性はゼロのままだけど、言ってみたら意外となんとかなるかも知れないわよ?」とのことです。これまでの私は、そのような彼女の考え方に憧れつつも、「どうせ言っても何も変わらない…」と最初から諦めてしまっていたように思います。しかし、今回の経験から、「言ってみる」ことの大切さを、身をもって学びました。

 

まとめ

 

 

今回のエピソードは、様々な幸運が重なった特殊な事例とも言えます。しかし、「何かおかしい!」と感じたときや、「もっとこうだったらいいのにな…」と思ったときに、「どうせ言っても何も変わらない」と思って言う前に諦めてしまったことは、誰しも少なからずあるのではないでしょうか?例え結果がこのエピソードほど上手くいかなかったとしても、これからは、「私たちの声で変えていかなくてはならない」という気持ちで、まずは声をあげてみませんか?

 

 

最終更新日:2020/6/29


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